11月26日 講談師の旭堂小南陵さんとお話をする機会がありました。社団法人芸団協関西
の代表幹事をされています。一芸に秀でた人は人物的にも魅力が溢れる。
各地で様々な講演を手掛けているし気軽に講演等に応じてくれる。そして多く の著名な方とも面談し、お話をしている。その中から あるシュークリームの社長は職人さんに「おいしさの秘密」を盗もうとして、
叱責され職人の厳しさを知ったそうです。でも、それからが違います、作り直し や失敗作を拾い工夫していった、そうして日本一と言われるシュークリームが
出来上がったそうだ。
この話を喫茶店で講談口調のようになめらかに話されるものだからアッという 間に時間が過ぎ去っていった。
関西は文化の豊かな土地柄、文化によって関西を元気にしたいと息巻いた。 多くの人たちに愛されている小南陵師匠だから、その軸となると感じました。
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11月3日鞍馬に行く、鞍馬から義経径道を通り貴船までトレッキングだ。ここには、大自然を残そうと一帯が協力している。数百年を知っている木々はその険しい道を修行の為に残している様だ。根が瘤のように張り出している奥の院は天狗の出そうな雰囲気である。自然と環境を考える時、その自然の偉大さに感謝しておかねばならない。訪れる人も木々や若芽ひとつにも注意する心構えが必要だ。
鞍馬の西口にあたる貴船はカップルで溢れかえっていた。その魅惑的な清流と山里の静かな宿や料理店は銀座なみの佇まいを見せている。
おもしろい事に、貴船〜鞍馬の、このトレッキングコースに多くの中高年が参加をするその健脚はおそるべしである。しかし鞍馬のわずか十数メートルのロープ-ウェイにも階段をいやがる多くの中高年者が列を作る。妙な対比に貴船の騒々しさと鞍馬の奥の院との対比が被る。
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10月31日大阪ラグビースクールの大会が開かれた。43スクール250チーム1300人が参加し大阪花園ラグビー場で年齢別の覇権を争う。わたしも協会の委員としてお手伝いをすることになり、小学低学年の担当をした。その応援のすさまじさにおもわずのけぞってしまった。「がッンといけぇ〜」「ドカ〜ンとぶち当たれ」過激な言葉がスラリとした若奥様から発せられる。
これはもう冷静に見るではなく一緒にプレーをしている感じだ。それより子供がトライした時のその嬉しそうな顔は本当に満足した顔が忘れられない。
話しは替わるが、ラグビー選手のロッカーに入るにはICカードが必要だ。そしてマナーが一番良いのは一流選手といわれるトップクラスの選手だ。受付にも頭を下げ、ICカードをぶら下げて足早にロッカールームへ消えていく。
くだんのお母さん方は立ち入り禁止のロープをまたぎ携帯カメラで近ずく。大阪のおばちゃん候補だ。
子供たちはコーチや監督の言い付けを守りルールを遵守する。顔に似合わない礼儀正しい大学選手や社会人選手になるのももう数年だろうと楽しみにしている。
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10月22日最近はやたらとフェアが立て続けに出てくる。20日〜24日大阪のインテックス大阪で国際見本市協会が主催するジャパンフード2004が開催された。およそ5万人の来場者でごった返した。オープン日の20日には台風直撃で開催を中座した。この時の主催者の決断は大変なものだったろうと妙に心配した。東京からわざわざ来てくれた出版社の方はとうとう帰れずホテルも取れなかったそうだ。私どもはその中でフランチャイズフェアを任された、台風の中、交流会や相談ブース、講演などをこなしていたが来場者は明らかに少なかった。それでも40社の方が顔を見せてに駆けつけてくれた。ありがたい事だ。感謝感謝。15日・16日は岡山のフェアのプロモートした企業を見学にいき16日は神戸でコインビジネスフェアをプロデュース.。ただ思った様にいかないのと準備や心配で数ヶ月眠れない夜が続いている。気合だぁ
写真は台風の中での開会式
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10月11日私のオフィスはちょうど坂道の中腹にある。大阪天満宮は川向こうだ。通勤路の際に小さな石の階段がある。石碑が立ち熊野詣の起点と記されている。11日に世界遺産の熊野を意識して熊野行列がここで行なわれた。
京都から30石船で天満宮まで下り、川向こうちょうど天満橋の附もとのこの石段が船着場で、ここから熊野まで一ヶ月の旅が始まったそうです。
先日私のところへひとりの青年が訪ねて来ました。トラックの運転手なのですが、実家は熊野ですし屋をしているそうです。小さい頃から「目張り寿司」を食べて育ったそうです。これが実に忘れられないのでこれを全国に広めたいといっていました。
このイベントを聞き起点となる天満橋で移動屋台で限定販売したところ7分で予定個数300個が売れました。目張り寿司を持って熊野詣を旅する。熊野界隈は素敵なものが多いし、夢のある人が多いと嬉しくなった。
10月10日大阪のお祭り御堂筋パレードが行なわれた、大阪市役所のある中の島公園に80団体1万人が集結し、大阪ミナミの歌舞伎座までの3キロを思い思いの花車で歌や踊りを披露しながらパレードをした。
私は昼から打ち合わせで夕方終了まじかに駆けつけたが後の祭、最後尾を見学するに終わった。
その後、ボランティアや清掃会社パトカー警備会社など続々と引き上げる手馴れたものだ。
沿道には110万人が押し寄せる大イベントだ。
神戸ジャズフェスタ、京都の祇園祭と最近は忙しい。
9月16日大阪市起業家活性イベントで「飲食店で開業を目指す方にインターンシップあきない虎の穴の卒業式が行なわれた。座学学習だけでなく実店舗で店舗運営を体で感じ取るというイベントです。受け入れ店舗は若い新進気鋭の繁盛店舗、創作居酒屋、串焼、ラーメン、カフェと様々、多種多様のお店に実践修行を行ない晴れて卒業と相成った訳です。私もその卒業式のお手伝いをする事となり興味新進だった。
こういった前向きの事業ややる気のあるオーナーと接する事は結構おもしろい。エールを送りたい。
8月13日〜 いよいよ始まったオリンピック、様々な筋書きのないドラマが繰り広げられる。鍛え上げた技術や肉体の限界に挑戦する、世界最高の戦いだ。勝者も敗者も美しい。どんな美しい女優よりも柔らちゃんの方が素敵に見えるのは私だけだろうか?輝くオーラが光っている。
以前、「お母さん、もうはしれません」と言って自殺したオリンピック選手の円谷選手の1日を見た事がある。朝から30キロ〜40キロを走り、お昼休憩後にスピード練習と言って400メートルのグランドを全速力で数十周、3時間〜4時間、暗くなるまで走っていた。その異常なまでの練習量に驚いた。それでも、世界の一流ランナーの迫り来る恐怖と国民の期待のプレッシャーは大きいのだ。
水泳金メダリストの北島選手が「楽しんで泳げた」と聞いて心から喜んだ。
自分自身のあくなき挑戦が身を結んだ結果だ。
とにかく、オリンピックは楽しい、素晴らしい。また、眠れぬ夜が続く。
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7月23日・24日 京都の祇園さん(関西人は親しみを込めてこの様に呼ぶ、)が終わり、続いて三大祭りの大阪天神さん。2日間で150万人以上が押し寄せる、私のオフィスは、会場の中心となる天満宮の近くにあるので、この日ばかりは休み、と思っていると、急な仕事が舞い込み、深夜までカンズメとなる。夕食時に天満宮を覗きに行く。催し太鼓(写真)
や龍踊りが披露され、大阪独特の雰囲気が醸し出される。
傘おどりりや陸渡行で多いに盛り上がり、24日は大川にてどんどこ船がが繰り出し大阪手拍子を船上で打つ、答えて沿道の見物客も「もひとつせーパンパン」と手拍子を打つ。花火もどんどん上がり、水、火をうまく利用した壮大なイベントだ。天神さんが終わると、これから夏本番と感じる大阪人です。 |
7月19日 久しぶりにゆっくりした休日になると思っていたら、妻が京都山科の清水焼の市に行きたいといわれ、アッシー君かポーター役でお付き合いをした。しかし温度計はグングン上がり40度近くまで跳ね上がった。
清水焼陶器市に行くと人・人・人の波でさらにヒートアップ、炎天下、テントを70張り100社近い陶芸店や卸、さらに陶芸家などが市価の30%〜50%引きという超お買い得なのだが、やはり良いものはてが出ない、数枚大皿を買い求め早々に退散したが、京の蒸し暑さが一際厳しい場所での陶芸市は日ごろ鍛えている、陶芸作家の釜の温度に比べたら容易いのだろう。
6月15日主婦が立ち上げたFM放送局、坂口綾さんのお話を聞きました。 和歌山の1/3、日本一大きなカバーエリアのFM局と言う事で興味があり
ましたが、そのエネルギーとバイタリティには本物の凄さがありました。
きっかけは阪神淡路大震災の情報錯綜振りを見て使命感を持ったそうです。 それから、ご主人には内緒で電波管理局に日参するわけですが、いち主婦
など全く相手にされませんでした。脅し文句は当時のお金で「1億円かかり ますよ」と言われたそうです、しかしそこからが凄い彼女、一口5万円の私
募債で、そこらのお百姓さんや街の魚屋さんなど200件を集めた。
それをもって、さらに交渉に行き、日本で初めての主婦が作るFM放送局が 立ちあがりました。
しかし、経営安定までは今だ遠いのですが、いろいろなアイデアを即実行し 多くの賛同者も集まって来ました。
「思いははばたく」どんなにつらくてもやり遂げる気持ちさえあれば届くと言 われました。本当の実力から出た言葉だけに説得力がありました。
5月29大阪市アジア太平洋トレードセンターの商い繁盛館セミナー対談でインタビュアーをキクチャンがしました。
ホント多くの方の前で話すのは難しいですね。
事前の打ち合わせも全然せず、ぶっつけ本番なので、しどろもどろとなりながら 2時間を終えました。
対談内容は「介護ビジネス研究」で本を2冊〜3冊買い求めて斜め読みで解かっている気分でしたが、いざ聴講者の前で真剣な眼差しで見られると、うわべだけじゃいけないな、と感じました。
開き直りが得意なキクちゃん、「聴講者さんの少しでも役に立つ様に、質問をつ込もう」と決め、根掘り葉掘り、聞きまくりBHJの近藤恒弘さんも、あっちの書類 ,こっちの書類と探しながら的確な答えを出してくれました。
終了後、中年の女性がかけより、大変勉強になりました、といわれ少しだけ安心したのでした。
しかし、もう少し研究した内容でなければと反省しきりです。
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5月3〜9日やって来ました。ラグビー王国ニュージーランド、ここはカンタベリー大学のグランド
芝生のグランドが16面もあって、自がt由に?利用できる。一緒に行ったメンバーと早速記念撮影。後列の2人目がカンタベリー州の公認コーチ、キム氏1m88cm現在の体重はおおよそ97キロ(笑)しかし、すごいスピードで走り回る、情熱も半端では無い、私達のラグビーが好きと言うのとはなにか違う、生活の全てをかけてきた本物のプレイヤーだ、国技なんですね。
緑のジャージがキクチャンでその右隣にいるのが今回のお世話をしてくれたライト典子(サングラスをかけた女性)ラグビー狂で単身NZに旅で知り合ったのが今のご主人。現在はNZで日本人会の日本後補習校を開いたり子育てグループを作ったり大活躍です。 |
NZサザンアルプスを目指しアルパイン高原鉄道駅にて(左)・・先住民マオリの文化を教えていただきました(右は連合の田中氏)
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「少年時代と愉快な仲間」
いつまでたっても男の子です。
ナンにもならないのに一生懸命, ハアハアゼイゼイ息絶え絶えだえで頭の中では学生時代の若さでも体は正直ものです。でも中年になって思いが湧きあがるんです、そしてラグビーが本当にわかるのは中年になってからなんです。ゲームの時は顔も変わって真剣勝負。
同じチームというだけでこんなに大切にできるものがあるんですよ、これが友情なのかな。 キクちゃんの隣にいるトニ−キャンベル
(英国)へNZへ行く事になりました。CHCHでゲームをするので,今どこにいるか解からないけど駆けつけてくれる事を信じているよ。
(写真後列左端キクチャン)
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4月20日 滋賀のお世話になっている社長から木版画を頂いた、川嶋達夫さんの木版画で京都の町屋を残していきたいと風情のある画を描く、見ているだけで落ちつくのは色使いだけではない。
社長室にはズラリと画が並ぶ。川嶋さんの絵葉書などは中々手にはいらないのですが、本当に嬉しい贈り物だった。
4月11日MALTA HIT&RANのサックスライブ野外コンサートを楽しむ事ができた。スィングの軽快な調べとともに神業的なサックスの響きは海の夕凪を引き起こし観客全てを魅了させた。マンハッタンブルーなどドラム,ピアノ,ギター、ベースのメンバーの息の合ったセッションはスィングを心から楽しんでいた20年続けているプロの演奏だった。
3月26日〜27日大阪産業創造館で「なにわ創業支援フェア」のプロデュースをしました。私の所属するNPO法人ニュービジネス支援センター中村陽治先生・恩村政雄先生・大西美佳先生が創業についての講演を行いました。産業創造館からはサポートメンバーの服部悦章さんや細谷引樹さん、驚いた事に、数年前雑誌社商業界のの方から紹介を受けてご無沙汰していた池田
朋之 さんにも講演をしていただいた。世間は狭いものだと妙に感心した。、ローソンの篠原大阪支社長が多忙な時間をさいて、先輩である中村先生の講義を聞きに来られたのは本当に驚きました。上に立つ人はそういった心配りは本当に気がつく、講義の間は着席でなく後方で立って聞いておられたのは先輩への配慮だった。
3月18日〜19日シンガポール外食見学ミッションのお世話をしました。初日は大阪の心斎橋やナンバパークスなどを歩き黒門市場であれこれと食べあるいたそうです。お好み焼、鉄板焼、たこ焼き,かに道楽、てっちり、くいだおれ、ナンバパークスのラーメン横丁などしらみつぶしに回ったそうです。2日目は外食の研究と言う事で早朝より勉強会です。熱心さにはさすが東南アジアを制したつわもの達と言う印象です。もちろん自由貿易規制緩和を狙ったミッションでもあると思いますが、その真剣さは驚くばかりでした。午後からの総勢60人余人の商談会では大阪を代表する新進のチェーン店担当者やフードコンサルタントなどが一堂に開始情報のやり取りや意見交換をしていました。団長のMr
Lee Tong Soonは温厚で人望が高くとても親切に接していただきました。
写真はキクちゃんと紳士でハンサムでとても優しいシンガポール大使館1等書記官Mr Chung Tze Khinです。 |
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3月19日大阪市ATCの商い繁盛館で「一日丸ごとセミナー商い繁盛フェスタ2004」が開かれた。介護事業を立ち上げる時の考え方(米澤秀夫)や店舗づくりの要領、山本喜三郎(商業施設士・フジタカ近代化営業本部長)、ワークショップスタイルで「お客がはいるPOPのかきかた」平井修など実技を交えてお話しされました。パネルディスカッションでは珈琲館・AMPM近鉄・アクティブジャパン・三光マーケッテイングフード・ビックハートなどのフランチャイズ本部が出席しコーディネーターの塩見俊朗(コンサルタント)が鋭い突っ込みをしていた。基調講演の甲南チケット「失敗しない起業の鉄則」では 社長の人生感に多くの方が感動ある話しと好評を頂き大盛況でした。
3月6日 薬局経営のセミナーに参加した、「医薬を取り巻く環境変化」と言う題材で宮崎工氏の保険薬局における医療の状況をお話しいただいた。医薬分業の中で医療の最前線と薬局のつながり、高齢化の対応と問題が山積し、ここでも大きな変化が起きている、多くの方がこの変化に対応すべく懸命に努力している。ここでもインフォムドコンセントが重要となっている。医薬分業となって、命を預ける薬剤師さんの力量が益々問われそうだ、キーワードは「コミュニケーション」と言う事だ。
2月27日 雑誌ベンチャーリンクに私の記事が掲載されました。フランチャイズの動向などを簡単にまとめたもので、開業相談窓口からみたフランチャイズと題している。くしくも本誌編集記事と被っているところが多く、書いた私が言うのも変だが方向は間違い無いなと確信した。紹介した業態が広告掲載していたのは勢いのある証拠です。ページは ですが、会社経営者などが読む限られた経営雑誌なのです。かなり固いですがそれだけに信憑性があり裏づけもしっかりとっています。拙い原稿をまとめてくれた佐藤さんにお礼を言いたい。
2月26日 大阪名物の仕掛け人、伴PRの伴一郎さんのお話を聞きました。大阪花の万博の際、大阪を代表する名物がなにも無い
といわれ、考え込む、「大阪ゆうたら道頓堀川面に写る華やかな看板」そこでお店に出向き「大阪名物を作るから頼みます」と交渉,出来たのが、くいだおれのチンドン人形、ずぼらやのふぐ、かに道楽のかにのキーホルダー。話をおもしろくする為の仕掛けでは、づぼらやさんが「うちわ高級料理やさかい食い倒れサンと一緒にせんといて」くいだおれさん「なにゆうてはりますのん、うちわ電動仕掛けの人形でお金掛かってますねんよ」かに道楽サン「うちも手足電動ででうごきますねん」づぼらやさん「うちわ風が吹いたら動くようにしてますねん,自然との調和ですがな」・・・・
| 2月22日豆富料理の「東方見聞録」・「月の雫」の平林社長にお会いしました。関西ではまだ認知度が少ないのですが東京のお店を見た時、その繊細さに驚きました。そういえば近頃お客様と一緒に入れるお店と言うのは少ないですね。月の雫などは、個室感覚が多いので、顔を見られるのが嫌いでお忍び会合の出きるお店です。ジャスダックに上場し元気いっぱいです。「お金を求めていません、だいこんのはなからようやく50店舗、お客様に満足していただけるお店をひたすら作ってきただけです、こんどはともに理解してくれる方と、一緒に事業展開したいです」と言われた。同行していた店長はピチッと直立、洗練された接客姿勢に勢いのある企業の力を見た。 |
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2月12日 とうとう実父が永眠しました。92歳の大往生、皆さんからそう言われますけれど、私には敬愛する父が亡くなった事実だけです。寒さがこたえたのか冬場になり入退院を繰り返していました。病院の先生からは「1年以上も頑張りましたね」と言われ、改めて明治、大正、昭和、平成と4世代を超え、戦争体験者の強靭な肉体と精神が有ったと独り思っています。ずっと警察官に拝命し、退職後は川柳会を作ったり詩吟を楽しんだり、近くの孤児院に川柳を教えにいったりで、後半の人生はたのしかったのでは無いかと思っています。「九十寿のわれ 曽孫十名 名付け親」これが絶句となりました。病弱の母(84歳)を病院に連れて行き「見舞い遅くなりスミマセンでした」といった時にはベットにちゃんと腰掛け窓の外を見ながら「うん」とうなずきました。
実家は有るものの友人や母の病院が近くにあるため借家住まいをしていました。考えると老父夫婦二人だけでゆっくり過ごせたのが私達の最大の親孝行だったのかなぁと戒めています。
1月17日 オヤジが入院し、私に会いたいなどとつぶやいた。あの気丈だかな頑固オヤジがである。なにごとかと思い病院に駆けつけるが寒くなると臓器にも影響があるらしい。腎臓機能の低下で尿が出ない、私がついたその時に「出たー」と大騒ぎ私の顔を見るなり「また死にそこなったわ」とのたまう、医師は「危険でしたが大丈夫でしょう」と説明してくれた。毒素が循環するまでには無い、心臓にも影響ありだが本当に強い、戦争体験者の心臓だとオヤジが言っていたのが妙に残る。
しかし、病院はまるで戦場の様、早朝からベットの掃除、オムツ交換、食事の配達、検診、と息つく暇が無い程だ。介護と看護を同時に行なう。先端現場では分離などとてもできない。
私のオヤジの様に気難しい爺さんがそれを許すわけが無い。改めて看護士の大変さがわかった。
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1月1日 あけましておめでとうございます。京都、平安神宮に出かけました。
お賽銭をいれ、すごぉ〜く、いっぱいお願いをしました。昨年は大阪市支援センターの商い繁盛館でのイベントの参加やNPOニュービジネス支援センターの入会と多くの先生方や西日本で展開するチェーン店の開発担当者の出会いと感謝の一年でした。
今年は念願のニュージランドにラグビー遠征、高齢者福祉への参入、NPO進出と忙しい一年になりそうです、本業の方もさらにバージョンアップ、多くの方とコラボレーションをして開業者に失敗のない独立開業をしていただくためイベントや広報、セミナーなどを提案していきたいと年頭抱負を宣言。
今年の言葉は「いまから、なにができるか、なにをするか」
合掌
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12月20日中の島〜大阪市役所界隈が光のプロムナードになった。市役所〜公会堂はイルミネーションとなり、バラ園付近
至る所で光のルネサンスが繰り広げられた。ミニコンサートも行なわれ寒風吹くなか子供たちは夜空に染み入る様な歌声が響き渡った。夜店も出て賑わッていた。大阪の新しい名物になりそう。
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12月12日商い繁盛フェスタ2003がATCホールで開催された。中小企業診断士や商業デザイナー、社会保険労務士、信用保証協会の相談員が朝から来場してきた開業希望者とマンツーマンで相談に応じた。
基調講演の〔創業ステップ」と「米国チェーンの潮流とこれから」(写真)も満員盛況だった。
第2部の関西で展開するチェーン店40社の開発担当者、商い繁盛館常設展示会場の企業担当者、コンサルタントやカウンセラーなど100名以上が交流を深めた。商い繁盛館はお店を持って開業する方へ支援をする情報基地となっている。(スクリーン左の司会者がキクちゃん)
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12月4日・5日キクちゃん奮闘記
あのマネーの虎、堀の内社長率いる創庫生活館と大阪野菜を使った鍬焼厨房中々家の事業説明会の基調講演で熱演?超多忙の社会保険労務士の河本先生が私が講演する時いて駆けつけてくれた(苦労人ですね)
苦しみがわかるんですね、講演中目が合って思わず笑ってしまいました。大切ですよね心配り、いつまでも私の事に気をつけてくれていると思うだけで嬉しいですね、
アッ誕生日のメールを打つのを忘れてた、・・・×
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| 11月24日京都の秋を感じる為に東山から北山まで散策しました。豊臣秀吉の夫人、北の政所、高台寺は臥龍池に紅葉を見ました。それから円山公園を散策、いろずく木々を潜り抜け、一路北山へ武蔵の一乗寺の詩仙堂から円光寺へ枯山水の庭園に竹林や苔などと紅葉が見事なコントラストを奏でている、本堂から眺める一望は心休まる京の秋を残している。5:30分夜間ライトアップとシンセサイザーの競演はここだけのもの、茶室で本格的なお茶を頂きました。帰りには冷たい雨が急にが振り出しました、お寺の奥さんが傘を持っていない拝観者に傘を差し上げていました。こんなに心の優しい人は近頃では珍しい。感謝 写真は円光寺→ |
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11月23日大阪御堂筋が歩行者天国になりました。阪神タイガース優勝パレードや御堂筋パレード以外で歩行者が御堂筋を歩く事はなかった。21世紀協会の成松さんやアメ村育ての親、日限さんなどが警察や商店大阪市などと一緒になってとうとうやり遂げた。本当に凄いですね、大きな目標をひとつづつクリアしていく人は輝いていますね。歩行者達は車しか通らないところを歩くのは気持ちよいと絶賛、是非来年もして欲しいですね。
10月20日・21日石川県小松市根上ラグビー場で熟年ラグビー大会が開かれた、私共のチームも35人が参加。参加チームはフランスからの特別参加を含め北は秋田から南は九州のチームまで23チーム700人が激しい?戦いを繰り広げた。最高齢は92歳の超おじいちゃんが、元気にグランドに立った、白いパンツは40歳以上、紺パンツは50歳以上、赤いパンツは60歳以上、黄色パンツは70歳以上、紫色は80歳以上、金色パンツは90歳以上と色分けされているが70歳以上のおじいちゃんがチョ-元気。いつまでたっても負けられないという心構えがあれば頑張れるのですね。
10月4日知り合いの大西・谷井さんの勉強会に参加させていただいた。二人とも社会保険労務士で、いろいろな試みを図っている、企業総務のアウトソーシングや労務などを専門にバイタリティ溢れる活動を行う。
今回の企画では元気な注目企業の紹介で株式会社ツルガの敦賀社長が自社ビジネスの特徴や自分のビジネスにかける思い入れなどを話された、仕事に関する情熱はあい通づるものが多く興味深く聞かせて頂いた、特に相手に喜んでいただく為に仕事をするというくだりは私の表題する「利他主義」と合し感ずるものがあった。
http://busi-st.com
9月21日NPO非営利組織ニュービジネス支援センターの会合に出席、朝10時から開始、ニュービジネス支援セン
ターの方々は全員が中小企業診断士で各地域でコンサルティングを重ねている、県や府の市などの支援センターや教育事業、流通研究など多岐にわたる、それぞれの地域で要請によりゼミやセミナーで講演をする偉い先生ばかり、温厚
で誠実な 方ばかりだ、余り自分の自慢をしない先生は実力の表れだろう,随所に鋭い指摘をする、こんな方々のお仲間 に入れて いただき恐縮である、皆さん自身の仕事も数多く抱えさらにNPOの活動で日曜日や祝日までも支援センターに
駆けつけ ている,本当に頭が下がる。
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9月12日待望の孫が生まれました、52歳にして早やおじいちゃんです。誕生の時は産院で,娘が出産の戦いを演じている処にいました。人間の奇跡の劇場に同化できた事に感動。そして無事に生まれてくれた事に心から感謝したのでした。これから素晴らしい人生に向かい合うわけです。まず,「生まれてありがとう、生なる世界へようこそ」心から歓迎します。
すごいですね、指も眼も口も小さいながら全て揃っていました。本当にありがたい事です。
名前は栞音(かのん)といいます。どんな人生が送れるか楽しみです。
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9月1日 今日は少し悲しいはなしをします、知り合いの人が自殺をしてしまいました。繊細な神経を持った彼は常に相手を気遣っていました。責任感も人一倍強く仕事は決して休まなかった。そんな彼が3〜4日無断欠勤をしてしまったから大騒ぎになりました。残念なことに山中で自身が死を選びました。
「生を肯定する事から人生は始まる」と哲学の本を見ましたが、楽しかったり苦しかったりですが生きてこそ良い事なのです。私の様に図太い神経の持ち主ばかりではないでしょうから、悲しみがおきてしまうのです。
お母さんの私より早く死ななくてもといった言葉がつらく響いて来ました。合掌
8月15日 父の友人の日本画家 河内政義さんの絵を見に行きました。日本総合芸術家協会理事を歴任され「美人画を主に人の心の美しさを表現し、心の安らぎになる作品を一生描き続けたい」と創作活動を続けた。そのしなやかさは、いつも私の脳裏にある花火見物の浴衣を着た美人を彷彿させる。近頃は画を見ながら昼寝をするという習慣がついた。
絵心のない私など、飾っている画は数十万すると聞き5〜6枚色紙をいただいていたのですがひと財産かな?と計算してしまった。軽薄だな・・
8月14日 木ロウと白壁の町内子で文楽・歌舞伎座の内子座を見学した。大正5年に市民の有志によっ月て創建された。太鼓櫓、桝席、回り舞台、花道など当時の姿をそのまま残している。文楽に興味のある人は一見の価値あり。
内子は、江戸後期、和紙と木ロウで栄えた町、町並みは今も美しい町佇まいを見せ、国の重要文化財にもなっている。足を伸ばして坂本龍馬も歩んだという四万十川沿いから山越えをドライブした。龍馬ファンなら1度は歩んで見るべし。
8月13日 夏期休暇をを利用して帰省をする。娘夫婦と同行の3人の珍道中となった。愛媛県といえば道後温泉ですよね、明治27年に建造された三層楼の国の重要文化財に指定されている、小説「坊ちゃん」に出てきて一躍有名に。皇室専用の湯殿はありがたすぎて触ることもできなかった。14日は肱川町の小藪温泉へ、こちらは大正12年渓流沿いに建てられた三層建ての欄干つきの周り廊下のある情緒ある温泉、湯治場温泉として古くから有名、肌がすべすべになる名湯。15日は松野町駅舎に建てられた温泉、ここらは町村単位で温泉事業に参入し高齢者を中心に喜ばれている。温泉フェチの貴方、愛媛は温泉宝庫ですよ。
| 8月2日 奈良商工会議所にて在宅企業フェアを開催した。主催はIBSパートナーで共催に奈良新聞社が全面バックアップしてくれた。
当日は36度以上の酷暑で夏本番、座っていても汗ばむ。パートナーズの主宰である高橋一先生(中小起業診断士)の基調講演の「成功する在宅起業法」や在宅ワーカー・デジタル内職、自宅中心営業、自宅工房のエッチングや自販機設置のセールス・介護事業など多岐にわたる。驚いたのは男性が多く事業意欲が高かった事です。実際にいまでも介護事業に参入したいという方まで相談に来られ、かなり入念なはなしまでしていた。私にも数人が声をかけてくれた、50歳の主婦の方が私の趣味を全国に知らせたい、その為にどうしたら良いかといわれタジタジ、パワー溢れる相談と驚いた。 |
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7月30日パーティから家に着くと思い出した、今日は娘夫婦がやってくる、何回目かしらない(笑)が私の誕生日らしい。心地よい疲れとパーティ明けの開放感で会話が昇華する。いいたい放題の親と娘の会話となる。隣に座る若旦那はどちらにつくべきか迷っている。それを見越してか、「なぁ君もそう思うだろ」と誘い水、「あんた、ほんとにそうなんか?」と反撃の娘も攻撃の矛先が変わる、話はつきず深夜までバトルを繰り広げた。
7月30日私が事務局のフランチャイズ研究会の懇親会が開かれた、18:00集合だが、早めに行くともう幹事の珈琲館の社員やお菓子専門館マルシゲの幹事がすでに準備を終えつつあった。総勢60名を超えるフランチャイズの先端にいている人達の驚くような逞しい懇親は、出てくる料理などお構いなしに名刺交換や商談に集中する。おかげで私なども、ほとんどなにも手をつける事ができない状態、こんなに緊張し、集中できた交流会は久しぶり、余り目的がはっきりしない交流会や勉強会といっての飲み会、ゴーコンまがいの交流会などは途中でしんどくなるが、今日は2時間が早い。はやお開きとなった。帰りに幹事と一緒にファミリーレストランで食事をするほどなにも手をつけていなかった。
7月1日田舎のお母さんから電話があった。いくつになったか解からないけど誕生日らしい。届ものが届いたとお礼の電話だったが,私のほうをきずかっていつまでも子供扱いである。心配なのは食事を少ししかしない事だ、間食もしないし,少しだけ箸でつつく程度らしい。口癖は「この子は手のかからない子だった」。兄弟の多い私の家族では家にいるより友達の家にいることの多かったからだろう,でも私がどんな不祥事をしても信じてくれ見つめてくれていたから頑張る元気のもとの様に思える,たった一人でも信じてくれる人がいるから頑張れるのです。
6月22日ラグビーの一宮ラグビークラブと定期戦が行われた。今回で26回目を迎え毎年一年に一度
行われる。古くからの友人ばかりだ、26年前は元気でグランドを走り回っていた中年男が大手術をし、やっと
歩ける様になったそうだ、この定期戦だけは見たいといって家族に外出を促しグランドへ、「きくち頑張ってる
か?」と声をかけてきた。知らない私は「そちらもげんきそうで・・・」でも歩き方がちょっとおかしい?仲間に聞くと
たいへんだったらしい、帰り間際に「おれも必ず復帰するよ」といわれた、「回復をお待ちしてます」とがっちり
握手を交わしたその手は以前ほどの力はなかったがとても温かかった。
6月15日勉強会のメンバーがいよいよ独立開業することになった、勉強会の幹事や人の世話を焼く好青年?
だ。早々お祝いに駆けつけるが、何も持つものがない、到着するといつもお世話になっている社長2人が駆けつ
けている。「こんなきびしい時に独立せんでも・・・」と口では言うがおおいに期待をしている、彼ならできると信じている。
人が好きな彼に素敵なプレゼントの報告が翌日メールで送られてきた。
6月1日ラグビーの仲間、関井さんが東京に転勤の為の送別会、183cm100k以上の堂々たる体躯
に優しいひとみが愛らしい、防衛大学でのラグビースピリットで「最後まで目を離すな、集中しろ」と常に
基本に徹底したプレーでチームの柱だった。
記念様のミニボールにクラブ員の名前をサインしたボールを大切そうに持っていた姿がとても印象的だっ
た。ニュージーランド遠征には駆けつけてくれると約束し握手を交わした。
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5月17日次女の彩香の結婚式です。レストランウェディングなのですが、何から何まで手作りです。
それも結婚式は親戚だけ、そして2次会は友人達の2部構成。結婚式の司会進行はお姉ちゃんの夫婦が担当、彩香の兄がカメラマン兼受付、新郎の弟
がビデオ担当や後方支援に走り回る。親戚しかいないので意外と気をつかわない、友人代表や会社関係の方がいないので来賓感覚がなく親族が新しい関係を築き上げる、そんなイタリアのファミリーを思わすような雰囲気だ。新郎のご両親や親族の方はとても温厚で堅実な方ばかり、ご両親とは何度か食事をしたりしてとてもよい関係だ。突然司会が「花嫁の父にも一言」といわれ、「娘をよろしく」というのが一杯だった(涙)
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5月3日ゴールデンウィークだと言うのに休日出勤、休憩時間に中之島祭りの
チャンバラ武蔵さんに会いに行く、今日も絶好調だ。この中之島祭りは市民が手作りで作るお祭りでバザーありコンサートありパフォーマンスありの日本でも珍しいお祭りだ。なにわ名物研究会もブースを構え天下茶屋あられの中島さんが汗を流しながら「おバーちゃんの手作りせんべい」がとぶように売れていた。
もうひとつ、OSKの美人キャストが存続キャンペーンを展開。私ももちろん美しさににじり寄られ署名した。
5月4日今日も休日出勤、昨日熱心に応援しすぎて仕事がおっつかない
5月5日今日は久しぶりの休日、昨年、友達が出演していた茨木京都ホテルの子供キッズにでかけるが空振りに終わる、お奨めの映画にでもいこうかと思って探したが肝心の題名を忘れこれも空振り、ついてないなぁー。 |
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異業種交流会の関西交流大学http://www.itsuzai.net/kkdで松下幸之助
商学院の北山顕氏の
講義を聞きました。忙しさにまぎれて忘れていた心を 大切にする事を多いに学びました。松下幸之助商
学院は「人をつくる」を目 的に全寮制で人間を鍛える教育をしている。基本ポリシーは師生同学・凡
事徹底だそうだ。
講義の中で佐藤一斉の言志録を学んだ、全て感動したが、その中でも¨視 るに目を以ってすれば、則
ち暗く、視るに心を以ってすれば則に明らかなり、 聴くに耳を以ってすれば、則ち惑い、聴くに心を以って
すれば 則に聡なり、 (心眼と心を持って聴くと本当の物が見え聞こえる)と解釈しました。これを
聞き斜めに聞いていた自分を恥じ、疑りながら世間を見ていた事を反省した。
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4月5日 トルコからやってきたガレンさんと花見に行く予定、コースはオフィス近くの大川(造幣局の左岸の桜並木から中央公会堂)ところが少し風邪気味で調子が悪い。しかたがないので車で回遊してもらう事にして、レストランでゆっくり食事を楽しんだ。
今年はトルコと日本の親善イヤーだそうだ、しかし、イラク戦争2で観光客はまったく駄 お隣の国のことで、やはり関心は高い。トルコはヨーロッパとアジアの中心にありアフリカや
中央アジアなどからも注目されている国だ。
歴史的には1100年以上にさかのぼり、さらにトルコ国の前になると紀元前の事となる。そしてその歴史財産と緑溢れる国を大切にしている、歴史を大切にしている日本とは親日だ。国では電車が少なく自然を残している。食事もライスをほぼ毎日食し日本とは良く似ている、がガレンの激辛好きはちょっと信じられない、タバスコを16振りぐらいする。夕食は2時間から3時間をかけゆっくり楽しむらしい私より上手な日本語で会話が弾み2時間が過ぎた。
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3月18日 「熱意とプランがあれば世界でオンリーワンのものを創出できる」長堀21世紀 計画の会、成松孝さんのお話を聞きました。商社マンを脱サラし東京から大阪
へ、妻の実家の喫茶店を経営するが閑散とした周辺を見て、おしゃれな町ずく りをすれば客は増えると「長堀大通公園計画案」を提案。情熱と街への思い入
れで行政を動かし、やがてシャネルなどのブランドショップまで誘致した。そして 日本最大の地下駐車場を持つ地下街ができ長堀鶴見緑地線地下鉄もできた。
大阪は商人の知恵と工夫が最大の財産。経済性のみを重視せず人間に軸足を 置いた街づくりが必要と提言する。
提案だけではなくボランティア清掃も20年間続けている。大阪は緑が少ない、 花や緑の多いそして大阪伝統文化を発信する憩いの場の街づくりを推進して
いきたいと、淡々と話された。
3月15日 90歳になる父の見舞いに車を飛ばして帰省した。わがまま、頑固、偏屈と大正元年の昔型オヤジだ。父が入院する際もひとさわぎ、かかりつけの主治医の先生が転勤の為、引継ぎの先生が手を触れた途端、「私に内緒に先生を移動させたのは許せない、かってな人事異動は病人の方を見ない看護だ」とひと悶着・・・救急車で運ばれ今にもシニそうな状態にありながらガンとして入院を拒否したそうだ。しかしその若い主治医は丁寧に何度も何度もお願いし、数時間後に治療に入った。
入院後、頑固オヤジの第一声は「今度の主治医は良い人だ」・・ちょっと笑ってしまう。
翌日の新聞に県立北宇和病院が収益性が悪いと閉鎖の監査報告がどかどかと掲載された。高齢者ばかりの地方にある県立病院は、都市部の大病院と趣が違う。効率だけの問題で閉鎖とは地方政策の根本から考え直して欲しい問題だ。
思わず翌日の新聞は隠し持って頑固親父に見せないように持ちかえりました。
3月11日 高校ラグビー日本一に度々輝いた大阪工業大学高等学校のラグビー部監 督・野上友一氏の話を聞く機会があった。
同校にはラグビーが好きで日本一を目指す中学生が大阪中から集まってく る。しかし特別な練習などは余りしない、単純な練習の繰り返しだそうだ。
高等なテクニックを簡単にやってのける先輩達に混じり、後輩達もミスをしな いで出来る様に自然になるそうだ。伝統の力と、その中には高い上昇思考
があるからだと思う。
コーチはその人のやりたいところへ導いてやる、その為に指導をする事だと 言い放った、そんな心が生徒にも通じている。だから全員もいてきてくれる。
驚いたのは365日子供達とラグビーで接していたい、休みがあるとムズム ズしてくると言った「ほとばしる情熱」に感服した。
2月28日なにわ名物開発研究会のチンドン仲井先生のお話が聞けました。この方、 チンドン屋が本業で趣味が弁護士と言ってはばからない、チンドンを世界に
広めようと海外遠征をしたほどです。
今回は趣味の方のお話で弁護士って何でんねん・・・と言う講演でした。 弁護士はそんなに距離を置くものではなく、身近で気軽に相談するべし。
ちなみに問題の80%は相談で解決しているそうです。相談料は1時間 2万円(時価ではないそうです)
近頃はビジネスモデルや知的所有権などで税理士やその他の専門家とネ ットワークを作りながらの仕事もあるそうです。
もうひとつ男女問題でトラブッたら絶対に内緒で済まさない事。ということで 問題が大きくなる前に、転ばぬ先の杖で弁護士には早めに相談をしてくだ
さい
2月22日 所属する交流会の関西交流大学の「1日丸ごとセミナーカフェ」と言うイベントが行われた。18講座(3講×6コース
)異業種交流会の「来夢」と共催でした。当日は朝からあめで心配していたのですが100名余りの人が来場してくれたそうです。
私は朝から打ち合わせと昼にはカウンセリングを終え、かけつけましたが既に講義は終わっていたのですがエリベルグマンとカフェでお話をする事が出来ました。エリはフランス系関西人?でフランスと日本の架け橋として活躍する20歳代(?)美人、フランスからやってきた楽しい人達とおもしろいことをやる、もちろんビジネスとしての展開を考えているそうです。フランス料理のコックやアナウンサー、大道芸人からピアニストまで様々な人がいます。関西にフランスカフェと人が集まる場所が欲しいそうです。どなたか場所をお貸しください(無料で・・)2次会では交流会の人達と交換会でした。
2月16日 堺市・堺商工会議所の主催する「やる気満々フェスタ」と言うイベントが行われた。Aスタジオではフランチャイズチェーン本部の相談会、商工会の呼びかけだけに商工会員らしき人も数多く見られた、国民生活金融公庫や信用保証協会などの金融機関や創業支援センターなどの相談員やサポーターなどとも熱心な相談が行われた。
Bスタジオでは起業コンテストが行われ「在宅美容」のプレゼンテーションが優勝した、内容は社会性や実現性おもしろさなどとても有意義なものでした。
2月9日 八尾ラグビースクールの20周年記念パーティに出席、多くの人がこのラグビースクールを出て社会人となっている。柴谷八尾市長の挨拶に始まり楽しいパーティが続いた。挨拶のなかでラグビーはルールよりもロー(法律)を優先する精神がある。すなわちプレーヤー反則をしないでプレーする事が条件だと言う事だ。そしてラグビーをする資格のあるものはそれを守れる人だと言う事だ。そしてそんな子供達をラグビーを通じて世に輩出しつづけるラグビースクールの重大さを改めて感じました。がんばれ八尾ラグビースクール。
2月2日友人のフードコーディネータのおぐしさんの新和食蓮家でのウエディングパーティに出席、その人脈の豊富さは驚くばかり、いかにも業界の人からお固い官庁の方老若男女およそ150名、がんこ寿司小嶋会長のスピーチに始まり、ヒール酒好会を主宰するだけあってビアパーティの盛り上がりはとても楽しい、バンドから次から次へとビアソングが流れる、数珠繋ぎで貸切会場を走り回る、2月8日には東京会場で盛り上がるらしい、当然酒好会のメンバーも乗りこむのだろうか?ちょっと心配だ。
1月13日早朝から会社に出勤し、11時にはラグビーの練習、昼からは友人のマラソンの付き添い、昨年は私が出たので今度は友人が苦しむ時かな?しかし凄い数だ。皆そこそこ早い、かっこいいですよね、苦しみながら走る姿は、個性が出るけどひとりひとりいろいろな走り方をするんですね。夕方には駅前のうどん専門店で食事、来週にはうどん店の経営計画のプレゼン会議に出るのでここの所3日間うどんばかり食べている。おもしろいですよ3日間競合店のものを食べるとはっきり何がよくてどこが悪いかすぐにわかりますよ。同じ苦しむのでも走る方が楽しいですよ。(笑)
1月4日短い正月休も終わり大阪へ帰宅するが、やはり途中の内子ぶらり旅に出かける。和紙と木蝋の生産で栄えた内子。商家・土壌が浅黄いろと白漆喰で塗りこめられた外壁と街路が併行した平入り造りがあり隣の間は水路空間を残している。江戸時代から700メートルは続く白壁の商店街には和ろうそく・シュロ・和傘仕事振ぶりも見学できる。昼食は鯛めしとむぎとろご飯
名物いなりをほうばり雪の降る伊予路をひたはしった。
1月3日姪の成人式晴れ着姿を見るために一本松市へ足摺宇和海国立公園を見ながら到着、正午近くに公会堂で式の開始だ。雨が降っていたので数時間で追えたが同窓会的なところは無く夕刻からパーティがあるらしく一時のようなことがない。やはり多くの理性ある若者の方が圧倒的に多いんですね。帰りは津島に出来た温泉に入り帰宅、ここいらは温泉が多く湧いて出る。市単位で出来ているので遠方から温泉めぐりにやってくる。こんな町おこしもいいですね。
1月1日あけましておめでとうございます。29日〜2日間ズ-っと寝たきり意識不明状態がやっと快方へ、年末緊急入院した90歳になる父親と横で微笑んでいる00歳になる母親のもとへ兄弟姉妹七家族孫からひ孫まで19名が集合なんかよくわからないまま1日が過ぎる。
12月29日帰省で愛媛県に里帰り。途中大洲に立ち寄った。大洲の明冶から大正につくられた土壌が立ち並ぶ情緒豊かなレトロなおはなはん通りから大洲藩主が建築の粋をいかした臥龍山荘を見物一路肱川へ、途中天然うなぎや20cmはある海老2尾かぼちゃ・なす・いんげんなど朝どれやさいを使った天丼(800円)のうめたこ本店でおそい昼食、肱川ダムへ、そこからさらに山奥の小藪温泉へ優良の泉質と川沿いに建てられた大正時代に建てられた欄干つきの廻り廊下のある歴史ある隠れた名湯だ。
よる、あまりの泉質に風邪気味のからだと疲労もかさなり39度近い高熱でダウンだ。
11月30日円光寺の紅葉見物に夕方から出かける、ここは京都洛北でも有数の紅葉庭園です。やまぎわ電機の方が住職とお知り合いときいて納得した。見事な光とシンセサイザーの競演ショーが繰り広げられた。わずか十五分間なのだがお寺独特の静寂と光が鮮やかに描き出す夜の紅葉のしなやかさ、シンセサイザーが奏でる音はどくきょうのようにもきこえる。境内はそこびえのするはく息さえ白む洛北独特のものだが不思議と寒さを感じないのだ。京都も観光地化した紅葉庭園が多い中、寺社の中にあるいつも掃き清めているお庭に感慨を覚えるのは私だけではなさそうだ。
帰りに立ち寄ったいも羊羹をほおばりながら、近くのカフェへと流れたのでした。
11月14日中国系関西人のポン・フェイ京都外国語大学助教授の「osaka見聞録」 を聞いた。大阪言葉は語尾の変化が激しい「たべましたか」は「たべはりましたか」
、は行を使うし、え段も使う「ええでぇ」、ようするに口を大きく空 けずに早口なのだ。しかし商売の町だけに相手に気を使いながら話をしたりもします。お店で「××ありますか」と聞いた「ちょっとおいてまへんな−」と
文頭に配慮語を入れる、米国語のsoryと同じだ。大阪人はこんな言葉を どこでも使う、それは大阪を誇りに思う地域柄だから、近頃は東京で大阪
人が標準語で話し始めた。経済が弱体化するとそうなる。フェイ教授は中 国を紹介しながら今、大阪は世界的な規模のモノが無いと淋しそうに語
った。
もうひとつ、経済成長を続ける中国に老舗は無いとも言われた。中国の 後継者は自分の道を自分で切り開くスピリットがそこに垣間見えた。
11月3日 皆さん一寸法師て知ってますよね、京の山奥、比叡あたりと想定されていますが、では出発はどこと言った時大阪の道頓堀のお好み焼きの社長が張本人だと思いますが「そら、道頓堀とちゃうか?」「そらそうや」ということで出発地点で一寸法師のイベントやろやないか?おもしろい津の国(三っ寺付近)から京へ上ったといっただけでイベントと言う発想はナンとも大阪人らしい。なかみは一寸法師お椀レース道頓堀商店街対宗右門町商店街が直径1800cmのお椀にのり五十メートルを往復しどちうらががはやいか競走てなことになりました。当日は寸劇ありの和太鼓の競演ありの山伏が出て来たりてんやわんやでした。私も近くで見せていただき楽しい雰囲気を味合わせていただきました、裏方サン本当にご苦労様でした。
8月24日「関西交流大学学園祭リポート カタログ図書館始末記」
遊びじゃないけど仕事だけじゃない「ビジネスフリーマーケット」とタイトルを聞いて 考え込んでしまいました。
私の仕事でどうすれば表現できるかナァ・・・ うちはフランチャイズ加盟に特化したの広告代理店だし ノウハウは取引している
会社さんのパンフレットならたくさんあるけどこれ活かせるかな 「起業を考えている人に少しは役に立つかな」ムゥム・・・
まァいいかお祭りやさかい。
新聞に雑誌にどかどか掲載される。広告料に換算すると・・・・・ 朝日の広告なんてカラー刷りだし凄いぞこれは・・・
20日 まァ忙しくてなにも出来ないまま20日になってしまった。 古くからの仕事仲間でPOP会社社長の平井さんと打ち
合わせしている時、 什器を手配してくれた大島さんがメールをくれたイラストを見せ こんな感じとチョコット相談・・「おもしろ
いね−パネル作るよ」 この人知る人は知るでPOP協会の理事で、NHKのPOP講座を担当したほどの達人。 達人やプ
ロフッショナルはおもしろい事が好きな人が多い。
22日深夜会社にあるカタログをひっくり返す、あるあるその数1000社程にもなる かたずけながら思わず見入ってしまっている。
23日13:00〜別の独立セミナーでパネルディスカッションの司会進行をする、朝から資料づくりに
てんやわんや、開業希望者
の方に関西交流大学の顧問山口先生とフランチャイズチェーン本部の専務と 開業の為のハウツウを指導しながら進行。当然
資料の中には「関西交流大学の学園祭の案内パンフ」を しのばせる。
夕方、いろは屋の東さんにお願いし荷物を運んでいただく、その数ダンボール箱5箱、 本や紙は結構重い。東さんにはフラン
チャイズ図書館のポストカードも作っていただき これが後から効力を発揮しました。感謝感謝!
24日朝から打ち合わせが続く、関西交流大学の事が気になって仕事も上の空、 昼食を終え駆けつける、出店者の方々
もハイテンション。
まだまだあれやこれやの準備でドタバタドタバタ、
パートナーズメンバーの社会保険労務士の伊山博規さんも駆けつけてくれる。 前回のセミナーの際使用した名板パネル持参
なれたもんです.
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フランチャイズ図書館館長
菊池章司レフリー
出店社・関塾・まるしげ・にこにこきっちん・ジャストルネサンス・旅行新聞社・たこ次郎
扇屋・健寿の京・ローソン・ふじたか・小林事務所・ジーコミュニケーション・ファミリーマート・都人・アンパソコン教室・エックスヴィン・まえだのうどん・日本食品開発・よってこや・インドのとなり・アトムボーイ・とりくら・やきにく王様・居酒屋日本・珈琲館・パスタの森・オイシスベーカリー・ベルウインク・USマート・プラスワン・ザウルス・キッズパラダイス・タックルベリー・ピザポケット・餃子房・風月・アンティーアン・車検買取・カギプロ・レントオール・プリントボーイ・写真日記・フジカラー・ホワイト・ダスキン・はんこ・ブックランド・アイデコ・スリーエム・コロッケや・天理ラーメン・そのほかカタログ354社さんをご紹介させていただきました。
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14時いよいよオープン、いきなり私のブースを珍しそうに覗いている、 先ほどのポストカードを手渡しすると話しかけてくれ、「起業を考えている」とのこと
開業やフランチャイズの事をひとしきり話する、また相談すると言って名刺までいただいた。
続いて朝日新聞を見たと言って飲食店雑誌を覗きこんでいる、ポストカードを渡しながら 話をすると飲食店をやりたいとか・・・山口先生や東さんとコラボレーションの飲食店開業ナビ
ゲーション堂島ビジネス201での無料セミナーをお誘いすると是非、行きますと良いご返事 をいただいた。さらに、飲食店をやっているがうまくいかない、ひとしきり話し込むといろいろな質問が
飛び出してくる、パートナーズグループのコンサルを紹介した、また201にも来てくれる約束をする。 次から次へ開業したいと言うかたが結構真剣に来ている、新聞をみて来ているそうだ。
中高年の方が多いのは新聞媒体の特性だろう。
10数組の方と相談し、201参加の約束など成果は大満足。 カタログも半減している。
友達の招待とあわせてごちゃごちゃになりましたが来ている方は結構すみわけしてましたね。
開業資金相談の社会保険労務士、司法書士などの人達にもコンサルグループ(IBSパートナーズ)
参加依頼も快諾していただきこれだけでも成果倍増でした。 神主の似顔絵士なまずさんや中国ライチの前田さんの情報交換にも大いに役立ちました。
平野さんの馬刺しつきカウンセリングで困っている事も相談できました。
遊びじゃないけど仕事でだけじゃないは大成功、この先は仕事に約立ちそうです。 少なくとも私のブースはビジネスフリーマーケットは大成功でした。
第2部交流会もたくさんの方が残っていただきびっくり、 名刺交換をすると関西起業家サークルの来夢さんの関係の方も半数近くと多く、改めて
感謝しました、アフターファンクションも接遇プロの阿部さんの軽快なトークで楽しく進みました。
北浜の電気屋・森田宴会部長や社労士挑戦中の東川さんの呼びこみ、コピーライターの藤田さん什器屋看板娘大島さんのハンマープライスもヒートアップして楽しかった。
お祭りはこうでなくちゃ、裏方の受付のはんなり美女の田中さん体育会系宮崎さんの笑顔は素敵した。
一番苦労した、加地、金澤両幹事さんには頭が下がります、お疲れ様でした。
そして、会場を貸していただいた茂木一家、恐らく戦場のような裏方でしたでしょう、ランドール王女の美佐さんと弟なのにお兄さんの義信さんの本場イタリアのジェラードははおいしかった。パーティの料理担当の太っ腹、私の大好きなお母さんとお友達、,朝から大変だったと思います、とてもおいしかったですよ。「いつもすみません」に一言「いつもよ」とやっぱり太っ腹。そしてランドール王のしげき社長のベルギービールともくもくソーセージは過激な社長のこだわりでホントにおいしかった。でも大変でしたでしょう、
ホントにありがとうございました。
翌日25日は長岡京市のフジタカで起業フェアが開かれた、KBSラジオや京都新聞に広告を
出し、来場者さんは起業希望者の人達ばかり、本物の模擬店がいっせいに開いていました。
昨日と違うのはやっぱり真剣勝負の場所でした。
私の方も問い合わせのあった起業希望者の方には誠意をもって対応しなければと改めて
心を引き締めました。
始末記終了。
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| 8月16日 京都嵯峨野の大切な取引先の出版社社長のお家に遊びに行く、いつも快く受け入れてくれ、楽しいひと時を過ごさせていただくが今日は話が弾みすぎた、表に出ると西山の送り火の鳥居が優しい炎を一面に燃やしていました、霊は西山から入り東山の大文字へ続くのでしょうか奥の深い京都の炎文字です、広沢の池では精霊流しが行われ妖しい光を湖面に映し出しています、気分が精霊に和まされ落ち着くのはやはり日本人だからでしょうか、隣のカナダ人はビューティフルを連発していました。写真隣はお嬢さんですが「京都に生まれて良かった」といったのを聞いて伝統と共に育つ京都人と心を大切にする家族のやさしさを垣間見ました。 |
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8月3日 いつもいろいろお世話になつている茂木さんのランドールビル屋上で十三の花火を見ながら楽しむ屋上パーティが開かれた、娘さんのお友達やお母さんのお友達、息子さんのお友達60人ばかりが集まってバーベキューや本格ワインの試飲、ベルギービールなど珍しいモノが一杯、そして料理はと言うと手づくりのマリネ風きゅうりの包み、特製パイの包み揚げ、もくもくファーム直幸便のソーセージなど山盛りの料理並べられた。朝から大変な騒動で作られたのではと頭の下がる思いだった、会場設営から料理、案内と大変だったパーティに応えるためにはおもぃきり楽しむ事だとはめをはずした。
しかし、体育系ノリではめを外しすぎて暴走してしまった。いつも終わってから後悔してしまう。スミマセン
7月30日 私の51回目の誕生日となる。しかしながら誕生日は悲惨だった、夜遅くまでごそごそと仕事だ。突然niftyからメールが届いた「お誕生日おめでとう」・・・ショック。わたしにはもうniftyさんからの祝福しか受けられないのか(笑いごとではない)結構、わびしいですね。そうこうしているとビジネスパートナーからアニメでお祝いのメールが来た。感激!同じメールでも天と地ほどの違いだ。しかし一昔前には考えられなかったですよね、アニメのバースデーメール。帰宅し前日からのアップルパイをバースディーケーキ代わりに食べていると、ここしばらく口も聞いた事の無い息子がシャツをプレゼントしてくれた。
自分の年齢もわすれていたけれど今回は妙に新鮮な誕生日が迎えられた。
7月27日 姪の結婚式に出席した、晴天の湖の辺にあるホテルで挙式、小さい頃から一際可愛がってきた姪だったので自分の娘の様に嬉しかった。両親の離婚や以前付き合っていた人の突然の事故死など大きな苦難を乗り越えた彼女の横顔は最高の幸をつかんだ喜びで一杯だった。挙式会場についた時ちょうど新郎新婦にであった、新郎が飛んできた「きっと幸にしますから」といわれた、口惜しいけどとても良い人だった。「おじちゃん今日は遠くから来てくれてありがとう」と腕を組んで写真をとってくれた。挙式にはボランティア仲間、手話の友達が当然ながら手話でおめでとう?といっていたのがとても印象的だった。
7月17日、サントリーさんのご招待で山崎のウィスキー工場を見学させて いただいた。日本でトップをひた走るサントリーウィスキーの歴史と壮
大なるプロジェクトには多いにうならされた。日本に国産のウィスキー を作り普及したい言う信念が欧米に負けないモノを作り上げ、進化を
続けている。テイスティングをする研究者達の体調管理や日々の研鑚 を続けている姿には頭が下がる。何にもまして源泉の水(山崎の涌き
水)を大切にしている。いわく「水を大切にする心が必要なんです」。
企業理念なのかもしれないが元を大切に創業の気持ちや人を思いやる 「心」を持つ事こそが成功の秘訣と感じた。 同行していただいたサントリーの営業の方の心配りや、スタッフの配慮
のなかに随所に見られ感激した。
「心」の無い接待や来られる人の気持ちを考えない接客をしては未来が無 いのだ。
7月16日 京都祇園祭にいきました。こんちきちんと祭囃子が夏祭りの風情を醸し出す、山鉾に上ると天井はきれいな金子銀子の華美な織物が飾られている、緞帳にも1100年もの深い歴史が飾られている。
お茶席にも招待され一服いただいた。暑い夏の人波と熱気の中でさわやかな静寂とさわやかな一服でありました。いくつもの山鉾をみながら長い歴史を大切にする京都人の奥深さが垣間見れた、そこここに一般のお宅が開放され、家の中はには招待客や着物の帯や飾りなどを作る京都独特の家内工業が今日だけは店開きしている。祇園祭は1100年前に病疫が流行しそれを封じる為に鉾を立てたのが初まりと聞いていました。ちかくのお寺で病魔撃退のお祈りをしました、帰りには宇治金時を食べキーンと頭を鳴らしてご利益なしかとつぶやきました。
6月14日 お礼かたがた円光寺にお伺いしました。住職のお嬢さんのみどりさんが飛び出してきました。そう花束贈呈の時に人目をはばからずワンワン泣いた心豊かな人です。このみどりさんケーキ職人としては一級品でありましてこだわりの隠れたケーキ屋をしている。自宅(お寺の広い台所)を利用し本格焼きがまを設け、大きな冷蔵庫をドーンとおいた本格派なのだ。ケーキは全て手ずくりで新鮮なケーキを食べていてだく為に全て予約をお願いしている。旬のフルーツタルトはイチゴなら12月〜5月・ブルーベリーなら7月中旬〜9月・桃なら7月〜9月などに賞味していただく、知り合いの渡辺さんの手ずくり完熟状態のイチゴを朝摘みしたみずみずしさを、さっくり焼き上げたタルト生地に盛だくさん乗せた絶品である。そのほかベイクドチーズケーキ・紅茶のクッキーなどまさに心をこめた品々である。
手作りケーキ みどり屋 電話075−721−0764 u-rara@mbbox.kyoto-inet.or.jp
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6月6日 ついにやってきた、何がって・・今日は娘の結婚式なのだ。私はと言うと、そう花嫁の父なのだ。結婚しますと言われてから、あっという間に時間が過ぎた。雲一つない晴天で京都の荒神口の教会で式を行い、記念撮影は鴨川だ、さらに北白川・洛北の円光寺の会館で披露宴、スパークリングはワインコーディネータの神田先生から分けて頂いたシャンペン、ケーキカットと花束贈呈は素敵なお庭でお寺の和尚の奥さんとお嬢さん手ずくりでガーデンパーティの中行われた。縁側ではバイオリンのデュエットが愛の歌を奏でる。カメラマン・ビデオカメラマンは私の大切な取引先のプロたちがかってくれた。何よりもひとの大切さを教わった。参会してくれた人達にも心からお礼をいわなけば、祝福してくれた皆様にも心からお礼を伝えたい。
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5月26日 大阪の南東富田林しのはずれにある竹やぶの中に、えもいえない庵がある、三々五々誰が声を掛けたでもないのに口伝に知った人が勝手に集まってくる、自慢の日本酒を抱えてくる人、タッパにキムチをいれてくる人20代の若者から高級車でのりつける中小企業の社長、足を引きずり嬉しそうなおばあさんなど多士済済。元板長が刺身やら自慢の野菜を畑から取ってきて盛り付け、野放しのとり小屋で鶏もさばいてしまう。手作り料理に宴が始まり,近くの農家のおばあちゃんが「ハウスのイチゴ狩りを手つどうて」というと皆がふらふらしながらハウスへ草むしりに行くは茶めちゃな会である。人呼んで竹酔亭、オーナーは活魚用水槽日本一の(株)サン工芸,山口友市社長だ、社長の時のたつのも忘れ四季折々の風情と人々の話と美酒に酔う。こんな夢を抱いて作った桃源郷である。そしてたそがれが近づくにつれ,来た時と同じように三々五々散っていく。癒しをもとめて人があつまっいている
5月18日 チーズ&ワインコーディネーターの神田ゆかり先生ほかグループ4人組のホームパーティにお呼ばれしました。おしゃれなマンションの最上階にあるオフィスを開放してのパーティ、バルコニーではスパークリングにシャンペンとキャビアなど高級商材で夕暮れを背景にお喋り開始、しばらくしてメイン料理を4人のパーティコーディネーターと2人のアシスタントが楽しく披露しながらテーブルに、当然この料理には何年モノの白ワイン、産地はどこと全て指定、ウムム・・
しかし、ワインに詳しくない私が思わずこの赤ワインは美味しいとすっとんきょな驚愕の声をあげたほど私にはピタりはまった。こんなにワインが美味しいとはウムウム。宴はさらにヒートアップ、
主賓のs社長の一芸で思いきり盛り上がり、奥様の茶道ny流で抹茶をいただき、お嬢サンの方の肩もみエステありでオオ賑わいとなった、社長の好きなアバの曲をバックに
会話はいつまでも続きあっという間に時間が過ぎていった、さりげない心配りと計算し尽くされた料理やワインの選定、得意のチーズをさりげなく大胆に入れたプロのしきったホームパーティでした。
5月11日 日韓ワールドカップ開催記念文化サロンとして,クラシックコンサート& ランチパーティとおしゃべりの集いが開催された。
大阪中央区のコリアンレストラン ファサンでヴァイオリン演奏の上野眞樹 氏(広島交響楽団主席コンサートマスター)が世界をうならせる演奏を披露。
ランチパーティではワールドカップ推進室コーディネ−ター エリ・ベルグマン さんの軽妙なトークで楽しく進んだ。ファサンの絶品料理とスケールの大きい
パーティは地球人が集うのにふさわしいロケーションだ。
私的な集いとは言え日韓ワールドカップをきっかけに友好関係イベントがあちら こちらで開かれワールドカップが大成功に終わる事を祈ります。
5月1日 札幌すすきのに出没、以前の勢いがやはり無い、やはり景気のせいかな、グルメツアーで小樽まで足を伸ばしましたが、これが大成功。小樽の寿司通のちょこっと入った町の人が行く「幸寿司」これがばっぐん、久々の大ヒットだった。トロ、いか、いくら、とびっこどれもとても美味しかったしめちゃくちゃ安い、街は観光客で溢れていた、観光客目当てのお店も多くいいかげんな味を出しているところもあったが、幸寿司みたいなところがあるのをみて飲食業で頑張っている良い見本を見せていただいた。美人若女将も一際美人に見えたのは気の性かな。北一ホールのカフェのビックシュウをほうばりながら小樽はいいな、がんばれすすきの。
4月21日 3人の書家による参加型個展「あなたを幸せにする墨文字 にふれる一日」と言うイベントに参加しました。アート書家,近藤seienは生年月日により風水文字を書き上げてくれた。デザイン書家 紫舟は箸でTシャツにデザイン文字を書き上げる。創作書家の西村佳子は好きな言葉をかな書で書き上げる。いずれも個性豊かな作品展示のほか参加できる新しいタイプの個展でした、見るだけでなくこうした試みは書に興味の無い方でもひきつける有意義なものでした。プロデューサーの東亜矢さんのhttp://www.dmeets.com/koten手腕も素晴らしかったし併設の飲食コーナーのジェラードも大変美味しかった。 |
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4月3日妻に連れられてミュージカル「王様と私」を見に行きました、これがなかなか面白かった。一路真輝さんの歌声や踊りもさる事ながら一人一人の洗練された動きが良かった、高嶋政宏と一路のダンスには思わず手拍子を打っていました、やはりプロの動きは素晴らしいし構成もとても面白かった。下世話な私など衣装を見てあんなユニフォームにしたら面白いだの、舞台背景のイメージで雰囲気を作れないかと考えていた、朝・晩2回の28日間のハードスケジュールとあの激しい舞台を続ける努力はさぞかし大変だと思うのですが、感動した観客の私は素直にカーテンコールの拍手で応援したいと思います。
3月26日創作書工房「なゆた」の西村佳子さんのところへ、6月に結婚する娘の案内状の書をいただきにいった
娘と婚約者のいきさつなどを一通り話し、その中でプロポーズの場所が獅子座流星群を見に行った時と聞いた時すっと立ちあがり星座図鑑を取り出しあれこれ調べ始めた、そして心星と言う文字を見つめ星座の中心にある星という文字を構えてからスラスラと数枚書き上げていただいた。いずれも少しずつ違うが水が流れるような手首がまるで円を描くような筆扱いのイメージだった。現代和歌をかな書で書く、特に先生は恋の和歌を書きたいといわれた、私のお気に入りも恋の歌でかな書でスラスラ書いていただいたもの、だれにわたすでも無いのに持っておく。4月21日に3人展を開くそうだ、詳しくはhttp://www.dmeets.com/syodou/
3月10日京都のバプテスト教会に行く、西南大学のコーラスが来京し美しい歌声を聞かせてくれた。その中に大谷神父の小さな豆を育てましょう、大きく大きく育て大きな穀物になるでしょうとのお話は心に染み渡りました。仕事は育てる事が大切、その課程が大切と言われました。そのとおりと膝をたたいたのですが前日ドラッカーの仕事は結果、途中の経過などビジネスだということを見て妙に納得したのも事実、その場で変に納得してしまう。
マァ今日はすがすがしい気持ちでいたいのでと京都の町を散策しました
| 3月1日大阪市北区茶屋町のお酒屋さんを借りてイベント居酒屋りんぽー亭が開かれた、雑誌の記者おぐしみきさんや接客コンサルの大長敏恵さんがベトナム手料理やおでんなど家庭惣菜をもちより臨時で開催。当日は富山いきいき地ビールの工場長が見えお酒のお話やら「ビアコーディネイトのお酒に合う料理などを提供。ベルギーの地ビールなども出て楽しいひと時を過ごした。地酒NPOの酒好会の得本さんも寿酒造の国の長ビールなどを痛飲していた。全然知らない人達が一つのテーブルを囲み交流、お酒の談義や社会事情などを楽しむ会である。特筆モノは74歳になる山根さん大阪府政だよりのトップにお年寄りをボランティアネットワークする話、次回お楽しみにしていてください。 |
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2月24日久しぶりに広島に行く、少し時間が合ったのでお好み村まで行った。
エレベーターで3階まで行くと5坪ほどのカウンターのみのお店が10軒ほど軒を連ねている、「すみません、今日は修学旅行の団体で3階はかしきりなんです、びっくり・・・あわてて2階の新川にいく、11:30になるのに準備中です。
まったくのんきなものだ、しかたがないので桃太郎に入る、広島のお好み焼きはキャベツが甘くてとても美味しい。しかし修学旅行の名所となったお好み村の接客を一生の思い出になるよう努力して欲しいものです。
2月22日 絶対の精神と言われる、審判と選手の関係、ソルトレイクシティで数々の問題が浮かび上がっている。ショートトラックなど素人目から見ても変だと感じる、ショートトラックに詳しい人から聞いた話だが歴史の浅いスポーツだけに国際大会の審判を勤められる人材が育っていないそうなのだ。オリンピック柔道の篠原選手の時のようにまったく素人の方が審判をしなければならないような状況なのかもしれない。意外だと思うのは選手の対応だ、それは悔しいのだが意外と切り替えが早い、判定も技量のひとつと考えているのかもしれない、そして一度降りた決定は覆らない事も熟知している、審判はどちらのサイドでもないと言うのを理解する事、おなじストライクの球をボールとストライクに分けはしない、多分どちらも同じだろう、信頼関係の中でお互いを認め、物事をこなしていく精神こそ絶対の精神だと思うのですが。
2月11日 デパートに買い物に付き合う、ギャラリーにおいて山口高志さんの写真展をしていたので見学、日本の自然の四季を美しく撮影、摩周湖に舞う青の鮮やかさ、岩木山の荒荒しい雲海、箱根の大桜の華やかさ、伊勢の奇怪な自然の力、瀬戸の静かな朝の一瞬、阿蘇の暗闇にきらめく一閃の太陽など自然が放つ一瞬の美しさを見事にとらえた力作ばかりだ、帰りに創作料理の「ちゃんと」に行きました。キムチの王様やえびの春巻き揚げなど、どれも感動の味でした、さらに接客もすばらしかった、妻は肉を食べないのですがそれを伝えると肉抜きでチゲ鍋を作りましょうかと答えてくれ感激しました。多くの超繁昌店ができる秘密がここにあると感じました。隣の席ではバレーボールの日本代表の3選手がバンバンビールを飲んでいましたが食べているのは野菜主体、すごく食事にも気をつけていると感じました、がんばれ日本。
2月3日 東レパンパシフィックテニスのヒンギス対セレシュを見ていた妻がテニスはできないがピンポンなら負けないといったので、負けず嫌いの私としては挑戦を受けてたつことにしました。近くのピンポンクラブにいき、すぐさまラリーを開始、ところがなかなか続かない、動体視覚がついていか無い。妻もなかなかガンバル。しきりにコーナーをついてきてポイントをとる。ゲームになると真剣、盤の端に当たって落ちた。当たった当たらないで言い争う、テニスの審判は絶対だと言う。ラグビーも同じで英国圏のスポーツはレフリーとプレイヤーの信頼関係を重んじる。ラグビーなんかレフリーのコントロールなしでは15人対15人の集団のケンかとなるでしょう。プレイヤーもルールを守る事を前提に楽しまなければならない。日本でもルールを守る事が当たり前でそれを破る事は参加する資格の無い事だと思うのですが。
電車の中で携帯電話で大きな声で話してる人・・・貴方のとなりにペースメーカーをつけている人がいるかもしれませんよ
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1月27日 大阪国際女子マラソンを見に行きました。結果はキプラガト(ケニア)選手がトップで駆け抜けたのですが、マラソン選手の個性のあるフォームを見ながら彼女達のマラソンに賭ける情熱と信念は中途半端では無いと感じました。走るその顔はまさに勝負師の顔、450人の出場選手全てがこの日の為に全てを犠牲にして過酷なトレーニングをつんでいたと思います。懸命に42,195キロを走る姿はとても感動的でした。前日、娘が何を思ったのか
ジョギングに行こうと言い出して妻と三人で河川敷までゆっくりと走り出しました。2キロほど走るともうあごが上がりゼェゼェハァハァ、妻と娘はウォーキングに変更、私は目標の橋まで走りましたが、その中途半端な走りと比較する事も恥ずかしいですが、あの三キロ程度であの苦しさ、それをはるかに超えるスピードと距離にマラソンランナーはほんとにすごいですね。
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1月5日 息子と二人で山登りにいきました。息子が小学生のころ上ったきりでしたが、マァ俺の後からついてこいという気持ちでしたが、登り始めて30分たったところで少しずつ離れていきます。靴紐を直す間にあっという間においていかれ姿が見えません、必死に追いつこうとしますが体力の限界、完全に息があがってゼェゼェハァハァ。アイスバーンにチラホラ舞う雪の中、一歩また一歩、足元のみをひたすらにらみつけながらゆっくりゆっくりとしか行けません。次のポイント月の輪寺では、くつろいでる息子に「大丈夫」といたわられる始末。・・・・後半、私を前に後ろから追い立てられますが「あかん、先に頂上へ行って」と完全にバテました。3時間半かけてやっと頂上にたどりつきました。眼下には白銀の世界と樹氷の木々その美しいその光景を見て、「二度と上らないぞ」と、思っていた気持ちはすぐに忘れてしまいます。
老いては子に従えと言う格言がありますが、こんな形で知るとは・・・でも、24歳になった息子の大きな背中を見てとても気持ちが嬉しくなりました。
帰りに桂の温泉?にいきました。多くの家族ずれで安、近、短のレジャーの強さを垣間見ました。
1月1日 大晦日から京都・洛北に年越しもうでに出かけました。9時から年越しそばをいただき、10時からは和尚の説話「行く年、来る年」を聞きました。2001年はあまり良い事は見出せなかったけれど、こんな暗闇の中では自分の足元をしっかり見つめ歩むこと「観脚下」とお話しをいただきました。そしてこんな時は、一人一人が「心に灯火を持ちましょう、その小さな灯火が集まると必ず大きな明かりとなります」・・・後ろ向きな考えではなく未来を信じることは大切ですね。う〜ん考えなければ・・・。
11時から座禅をさせていただきました、物音一つしない暗闇の道場で40人〜50人がそれぞれ何を考えていたのでしょうか。私は和尚の言われた、来る年に向けての自分の足元と、小さな灯火づくりを考えましたが、煩悩が多すぎたのか20分の座禅会の間ではまとまりませんでした。11時30分からは除夜の鐘撞きをさせていただきました。鐘の撞き方で性格がでるのですね、妻のおもいきった、ひと撞きには鐘が割れないかと心配しました。
新年は平安神宮に参拝しました。例年にない人出でした。景気が悪いと神頼みですね。
12月24日 クリスマスイブの過ごし方は?私は妻と二人でゴスベルを聞き,福島のシンフォニーホールの前にあるイタリアンレストラン「マンドリーノ」に行きました。そこで食べたワタリガニスパゲティは実に美味しい、そしてベルギービールをいただきました、ビールを熟成するて知ってました、ワインやウィスキーのように2年ものや10年ものまであるらしい。熟成生ビールもあり、これがまた味わい深い、のど越しで飲むのではなく、味わいながら飲むものらしい。ワインも美人のソムリエが気さくに教えてくれる、わたしは「これに合う安くて美味しいワイン」と条件ををつけました・・。日本酒も蔵だしの吟醸酒が美味しい、お酒をたしなまない私でさえ、ちゃんぽんにして気持ち良くなりました。
12月23日 我が家のクリスマスイブは散々なもの、娘や息子は全然家に帰らない、妻と二人のクリスマスになりそう、そこで大阪城公園にある巨大なイルミネーションを見学に行く、高さ25メートル26万個あると言うイルミネーションは美しいし、大阪らしい。感性のない私など電気代の事が気にかかってしかたない。昨年は神戸のルミナリエを見に行くが人の波で大変だった。大阪は穴場です。そういえば、親戚の家のイルミネーションもなかなかのものだ、住宅街がディズニーランド化している。やはり電気代が気にかかって「大変だね」というと町内がやるので仕方がないらしい。
12月12日 皆さんへレンケラーて知っていますよね、見えない、聞こえない、喋れないの三重障害者です。そんな盲・聾・唖のかたを支援する方を紹介させていただきます。盲人は世界で3800万人と言われているそうですが三重障害者となると、何人いるのかわからないそうです、社会参加がかなり低いからです。そんな方たちに社会参加をしていただくために実体験手話模型を作って盲聾唖のかたが自分を表現したり、美しいものを見た感動を得たりすることができたらと頑張っています。将来は合宿所をつくりスポーツを通じて社会に参加できるようにできれば嬉しいですね。
お問い合わせ、安藤謙一郎 寝屋川市美井元町2−12
12月7日 自由参加の忘年会、20歳〜60歳までの自由参加でちゃんこで忘年会です。自由参加にしてから3年、年々若い人の参加が少なく無くなる、今年は20歳台ではたった1人、40歳以上60歳が圧倒的に多い。近頃の若い人は、お酒を飲まなくなったと聞きますが実感ですね。昔の豪傑は酔った勢いで駅前の噴水に飛び込んで泳いだとか、これってけっこうカッコ悪いんですよね,実際は。近頃の人は無茶をしないのではなく、無礼講などと言っての無茶をしないし、迷惑をかけない冷静にお付き合いしているんです。けれど60歳以上のお父さん2次会・3次会スナック・カラオケと深夜徘徊を繰り返す、そのパワーに圧倒されますね。下戸の私は2次会のスナックのカウンターですうすうと寝てしまいました。
11月其日 京都祇園のスナックママの勉強会に参加させていただきました。カラオケのダイヤ今泉専務の企画で「祇園を活性する」をテーマに参集。祇園で25年や20年のママが開店前の2時間、異業種のビジネス展開をサンプルに勉強するものなのだが、その凛とした態度と初めてあった近隣のライバル、祇園に来て3年・5年のママと十年選手のママが隣り合わせたのだから,其の空気は張り詰めて緊張感がみなぎった。プロ意識とはこのように最前線でしのぎをけずり、きびしい戦いにいる人にのみ与えられるのでしょう。この場所に居合わせたことに感謝しました。
11月11日 ラグビーのOB会に出席した。しばらくすると100m先のドアが開き、あの恐怖の監督の姿が見えた、当年とって78歳。あの斜めに構えた横顔の端からギョロと見られると今でもすくみ上がる、幸いな事に直立不動の姿勢で立っている私の横をスーと通りすぎ、少し離れたところで、あろうことか鬼の主将とにこやかに話している最悪極悪コンビだ、(見たらごめんなさい)2年先輩の55歳の牛若丸とひそひそと話していると、急に振り向き「おお、菊池君か、声で初めてわかった」と握手を求めてきた(声は変わらないのですね)「ごぶさたしております」それだけ言うのが精一杯、トラウマと言う奴かもしれません。体はしぼんでも私にとっては存在の大きな方です。その後、監督や主将に教えられたやり方で後輩をきたえたのですが、30歳に手が届く大人が「先生の前ではあがります」と言っていたのを思い出した。
11月4日 京都洛北の円光寺に紅葉を見に行った。徳川家康のゆかりの寺だ。座敷に足を投げ出してお庭をみながら、ゆっくりとした時を過ごせた。観光タクシーの運転手が説明を色々としてくれ、なかなかおもしろかった。夜のライトアップはそれは見事だそうだ。ライトアップのなれそめは地元TV局の方が撮影にきた時、夕暮れの池に差し込む光と木々のコントラストがあまりにも美しかったので、和尚様にライトで照らして良いかと聞いたそうです。和尚様は庭に聞いてくださいといったそうです(本当は断るつもりでしたが)。TV局のディレクターは「何も聞こえません」と答えたそうです。「何も返事が無いのは黙認すると言う事でしょう」といってライトアップを許したそうです。あつかましいTV局のクルーも和尚様の粋な計らいに翌日のおかゆ座禅会に参加したそうです。
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